いつまでも、夏休み
夜9時の駅前はとうとうテスト期間から解放されたのか、複数の大学生グループがあちこちでフゥゥウウウ!とかイェェエエエ!とかキャーーーー!などなどと叫んで大変にぎやか
その昔、わたしにもたくさん夏休みがあった
昔こどもだったすべての大人たちにもたくさん夏休みがあった
毎朝ラジオ体操に行ったり、小学校のプールに行ったり、帰りにおばちゃんがやってる小さな商店でアイスを食べたりした
帰って少し遅いお昼を食べてから、心地よい疲労感にぼんやりしながら少しだけ宿題をしたり本を読んだりして、まぶたが重たくなったら放り出して畳の座敷に寝転がって蝉の声を聞きながら昼寝をしたりした、扇風機の風が心地よい
昼寝をして起きたら喉がカラカラで、麦茶をコップ一杯ごくごく飲んだ
そうして元気が出たら、弟や近所の子と、夕方まで川や山や竹林で遊んだ
習い事や部活やお出かけをするときもあったけど、すくなくとも夏休みの半分くらいはこんな風になんでもない毎日を過ごしていた
いくらでも時間があって、どれだけ遊んでもよくて、いつまでも夏休みは続く気がしていた
中学校では運動部で夏休みも本格的に練習をしていて、塾にも通い出したりして、遊ぶ時間は減った
でも部活の後に体育館の北側にあるおかげでひんやりと涼しい部室で、みんなでおしゃべりをしながら道具の手入れをしたりお菓子を食べたりして、とても楽しかった気がする
高校でも、部活やバイトや勉強なんかで慌ただしかったけれど、やっぱり部室でおしゃべりをしたり課題をやったり、雑誌を見たり、先生にバレない程度に化粧をしたりするのはとても楽しかった
田舎から街の学校へ、自転車と電車でトータル1時間かけて通学していたおかげで、学校帰りに駅ビルで洋服を見たり、カラオケに行ったり本屋に立ち寄るようになって、世界がすこし開けた気がした
通学の電車では本や参考書を読んだりした
携帯は持っていたけれど(と言っても当時はガラケーだけれど)、今みたいに頻繁に見たりしていなかった気がする
バイト先のおばちゃんはすごくすごく良くしてくれて、夏休みも働いてえらいねえってケーキをご馳走してくれたりした
おばちゃんの名前は一生忘れない気がする
大学に入って、世界はぐぐっと広がった
上京して一人暮らしをすることになった
なにもかもがはじめてで、夏の楽しいイベントはそこかしこでやっているし、素敵なお店やごはん屋さんには電車に1時間も乗らなくてもすぐに行けた
おまけに大学生の夏休みは信じられないくらい長かった
4回の、ゼミの研究をしたりバイトをしたりしつつも自由に時間を使えた、長い長い夏休みはいろんなことをしたし、いろんな場所に行った、とても楽しかった
ただ、いつも、自分の家に帰っても麦茶を一緒に飲む家族はいなかった
お盆の頃に実家に帰ると、家族と一緒に麦茶を飲めて、母のつくったおいしいごはんが食べられて、家の中に常にあたたかくゆるい人の気配があった
毎回東京に戻る時は両親が帰りの電車を見送ってくれて、また会えると言うのに今生の別れくらいにさみしくてかなしくて、じんわり涙が出るくらいだった
そうやって夏を過ごしていた頃、夏のことは手放しで大好きだった
今のわたしは、どうだろう
昔のように夏が好きだろうか
今年のお盆も実家に帰れない